テンポ 2021.3.20

「テンポ / Tempo」を音楽事典で調べると大抵「速さ」や「速度」と説明してあります。

私はこれは大問題だと思っています。特に学習者にとっての悪影響は甚大です。

 

テンポは拍の持つ時間(の長さ)を表しており、これは速度(単位時間当たりの距離や仕事量)とはまるで異なる概念だからです。

 

テンポと速度は違うのだ、と言うと10人中9人が分からないという顔をします。

どう違うのか説明してみましょう。

 

ちょっとしたクイズを出します。

Aさんは1分間に60歩のペースで、Bさんは1分間に120歩のペースで歩いています。
さてどちらが速いでしょうか?

 

答えは「分からない」が正解です。

仮にこの2人の歩幅(距離)が同じであればBさんはAさんの倍のスピードで歩いていることになります。

でもAさんの歩幅が1mでBさんの歩幅が50cmならば、2人の歩くスピードは同じと言うことになります。

 

お分かりでしょうか?

テンポとは1歩にかかる時間の長さのことで、スピードとは違いますね。

勿論、ある曲を♩=60で演奏した時よりも♩=120で演奏した時に、慣用的に「速い」という言葉を使うこと自体は止めようがありません。本来の意味ではテンポが「短い」と言わなければならないところですが、「速さ」という言葉が本来の意味からずれた使われ方をしているとしても、その使用法が一般化している以上、同じ言葉を使わなければ話が通じないのですから。

ただ、テンポの上下(=時間の長い・短い)を速度(=速い・遅い)として捉えてしまうことで様々な場面で不都合が起こります。

例えばこんな勘違いが起こります。

1)「速い」テンポの曲は指や体を「速く」動かさなければならない。

2)トリルは指を「速く」動かさねばならない。

3)♬は「速い」音符だ。
4)短い休符では息を「素早く」吸わなければならない。

 

1は体全体を速く(≈ 細かく)動かそうとすることで思ったテンポで演奏出来なくなる。

2では指を速く動かそうとするために無駄な力が入り、却って指の動きが悪くなる。

3では♬のような細かい若しくは短い音符(速い音符ではないのです)を吹く時だけテンポが「速く」なる。

4では息を吸うのに力を入れすぎ、酸素を無駄遣いすることになる。

  ※ 酸素の話は別の機会に詳しくします

 

ここでは恐らく一番納得のしづらいと思われる指の動きについて詳しく解説をします。

 

またクイズです。

16分音符で「ソラソラソラソラ〜〜〜」と吹く時と2分音符で「ソ〜〜ラ〜〜ソ〜〜ラ〜〜」と吹く時、
指の速度はどちらが速いでしょうか? 勿論、同じテンポですよ。

 

答えは「どちらも同じ速度」です。

納得出来ましたか?
納得の行かない場合はもう少し考えてみましょう。

2分音符と全音符で比べたらどうでしょう。

全音符で吹いた時、2分音符で吹いた時の倍遅く指が動くでしょうか。

そんなことはありませんね。
違っているのは指の動く速度ではなく、指が上がった時と下がった時にその場で留まっている時間の長さです。

これは音符がどんなに短くなっても変わりません。

例えどんなに細かくトリルを演奏しようと、指の移動する速度は上げられないのです。

もしも速度が上げられない、というのが気に入らないようでしたらこう言っても差し支え有りません。

「あなたの指は全音符で演奏している時に既に最高速度で動いています」と。

頑張って訓練すればもっと速く指が動くようになるのでは? と考える方もいるかもしれません。
私も訓練で指の速度が上がる可能性は否定しませんが、上がったとしてもほんの僅かですし、かなり上がるとしてもやはりほぼ無意味です。

何故なら、もし可能だとしても指を速く動かすことによるエネルギーの無駄のほうが遥かに大きな問題となるからです。

そもそも既に充分な速度で動いている指を鍛えてもっと速く動かしても時間の無駄ですよね?

そんな時間があるのならもっと正確に無駄なく動かす訓練をした方がずっと有意義です。

因みに「指」を「舌」に置き換えてもほぼ同じ事が言えます。

「速い・遅い」という言葉を使って考えている時、このことをちょっと気にかけてみて下さい。
意外な効用があるかもしれませんよ。